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東日本大震災 検視医の証言の記事を見て想う、幅広い証言の記録保存

ダイアモンドオンラインの記事で関心を持った記事があった。吉田典史さんというジャーナリストの「大震災で「生と死」をみつめて」というテーマの8月23日版で、大震災で検視にあたった高木医師へのインタビューをもとにしたものであった。
 その中で関心を引いたのが、検視をされたご遺体のご様子と死因の推定に関する医師の見解だった。引用させていただくと、
「 1つは、胸部圧迫による死亡。圧迫を与えたものとして考えられ得るのは、たとえば船や車、家、がれき、さらに押し寄せる波の水圧など。これらが胸や腹部に時速数十キロのスピードで当たり、呼吸ができなくなった可能性がある。
 2つめは、一気に大量の水を飲み込むことでの窒息。3つめは、いわゆる凍死。当日、津波に襲われた後、冷たい波の中で木などにつかまり救援を待ったが、寒さで体温が下がり、息を引き取った例がこれに該当する。
 4つめは外圧によるもの、たとえばがれきが頭に当たり、脳挫傷などになり死亡したことが考えられる。
 ここで、私は尋ねた。震災直後から新聞で「消防団員が避難を呼びかけている最中、ハンドマイクを握ったまま、亡くなった」と報じられていたことについてだ。本当にこのようなことが起きるのかを知りたかった。高木氏はこう答えた。
「推測ではあるが、2つの理由が考えられる。1つは、即死。プールなどでの溺死ならば手足を動かし、もがくから、手に持っているものも放す。今回 は、堤防を破壊するほどの水圧で押し寄せてくる津波だった。あの波が直撃すると、心臓や肺など循環器に障害が起きて即死になることは想像できる」
「もう1つの理由は、即時死後硬直(そくじしごこうちょく)。死後に体が硬くなる、いわゆる死後硬直は息を引き取った後、2~3時間に始まる。今 回は非常に強い、精神的なストレスにより脳に障害が起き、死の瞬間に硬直した可能性がある。それにより、たとえばハンドマイクを握ったままの姿で亡くなったとも考えられる」 」
という部分である。

 特に、一つ目が関心を引いた。
一つ目については、巨大な津波は直接襲われた瞬間に即死させられる可能性が高いということらしい。茨城等外洋にあいている海岸では波高の高い波がよせ、泳いでいる時に巻き込まれることがあり、体が回転し底にたたきつけられることは経験上あるが、瞬時に呼吸停止に陥るような循環器系への強力な圧迫という水圧の強さと衝撃力は想像できない。襲われた瞬間に対応できることには何があるのだろうか。無防備な状態でも、海岸の波は一定程度潜れば圧力を回避できるのだが、塊としておしてくる津波の場合は「潜る」という手段も回避にはつながらないのだろうか。瞬時に生命を奪われなけらば生き残るための手段は取れるのかもしれないので、この状態の検証と回避方法も有無は必要と思うし、証言を含めて記録として保存し、有効な回避方法があれば公開してくことが大事だと思う。

 また、次の部分も関心を引いた。引用させていただく。

「 「宮城県北東部にある牡鹿半島(おじかはんとう)よりも北に位置する気仙沼市や南三陸町、女川町などでは、遺体の傷は比較的少なかった。このあたりはリアス式海岸ということもあり、津波の波は高く、その水圧で亡くなった人が多いように思えた」
「一方で、南にある地域では、津波が流れてくる流速で亡くなったと思える人が多かった。田園地帯が多く、波をさえぎるものがなかったために、一段と加速したのではないか。足が切れて無かったり、頭が割れていたり、胸にがれきが刺さったままのものがあった」 」
という部分。

 これは、津波にどう対応するのか、についての重要な示唆があると思われる。北部に関する証言からは、これはもう標高の高い地点に逃げることを最優先にする、警報のあった時点で考える余地なく逃げる、ということの徹底しかないということだと思いますし、南部に関する証言からは、流速を遅くするための地形を活かした街づくりあるいは人工的流路の意図的配置をする等の対処をすることで、回避若しくは避難時間の猶予をかせぎ、仮に襲われても流速を可能な限り遅くすることで、二次的被害と言ってもいい人工物による傷害の程度を低くできる可能性がある、ということが読み取れるのではないでしょうか。

 このような証言一つ一つ大事に蓄積し、同じ言葉で体系的にまとめ公表していけば、皆が理解し、子子孫孫あるいは世界中に伝えていくことができるのではないでしょうか。復興構想にある「震災の記録・保存」という計画が実現されるのであれば、学術的な論点のものだけではなく、このような証言の一つ一つ丁寧に取り上げ、積み上げていく作業をしてもらいたい。その作業をした後で、是非、学術論文的な整理ではなく、国民が同じように理解・解釈できるように、「同じ言葉で」で公開をしていってもらいたい。ここでいう「同じ言葉」というのは、専門用語や数式や見解の羅列、あらゆる単位のごちゃごちゃとした使用をしないという意味です。


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[ 2011/08/24 21:18 ] 大震災復興と原発事故 | TB(0) | CM(0)

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