上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

復興と研究

 今日は、少し真面目にブログを書きたい。政治の動きははなはだ遅いが研究も実は復旧・復興に大きな貢献はできていない。ですが、今後、復興には研究も大きな寄与が必要だと思います。休み時間等を使って一気に下記のような「想い」を書き下ろしました。校正はしていませんので、論理展開に矛盾やら整理できていない面はあるかと思いますが、気持ちは十分でているのではないかと思います。

研究と復興

 東北地方太平洋側は、中央である関東にいるとわからないが、南北に長く気候の差が激しい、また、地形は、平野部が少なく、急峻というほどでもないが、山地からすぐに海岸沿岸部となり、湾岸もリアス式に代表される岩礁沿岸です。
そのような地形、気候に適合するように、漁業が発達し、自然の良港を活かした漁港、貿易港が産業基盤となり、山地地形による良質な水資源と冷涼な気候に合致する部品生産産業が立地しています。これらの産業基盤は内陸の県庁所在地からの交通路に沿うというよりは、沿岸部に張り付くように沿岸交通路に沿って発展しています。交通路としては、東西よりは南北に重点が置かれてきていました。
 今回の震災と津波で、これらの全てが壊滅的に破壊されてしまいました。破壊の程度も数年ベースの破壊ではなく、将来数十年に渡る生活・産業基盤を完全に破壊されたレベル、生活圏と産業構造を全く新たに構築せざるを得ない、文化さえ変えなくてはならないほどの破壊のレベルと思います。現在は、仮復旧を進めていますが、復興は数十年のタームで、数百年レベルを見据えての設計・実施が不可欠だと思いますし、もう前例はないという世界ではなくなりましたので、悲劇を二度と繰り返さない、このような大規模な自然災害にも耐えうる復興にする必要があると思います。

 このような復興をなしとげねばならないことに対して、研究はどのように寄与していくのか、いけるのか、今までの延長的な発想では邪魔にはなっても牽引者にはなれないと思います。生活・文化・産業の基盤に直接結び付く現実性とつながりを持つ、その上で、新しい世界を構築するリード役になるということは並大抵の発想ではできません。すなわち、一般的なアカデミア的な発想ではなく、生活に密着し、地域の特徴を活かせる、雇用環境を大規模に生じさせるとともに、世界に向けて求心力のある新しい地域を構築するプログラム、その上で、災害に耐えうるインフラとともに存在する象徴的インフラを形成するプロジェクトを構想していくことが必要であると思います。

 プログラムやプロジェクトを構想するにあたっては、私見ですが、次のような観点が必要かと思います。
1)災害時対応に不可欠な交通・通信ラインを南北沿岸ラインから南北沿岸内陸街道ラインに変化させることに貢献できる、また、南北沿岸ラインについても、冗長性を持たせられるインフラ構築と協調できる。
2)地域に根付いている活動、運動、文化に密着する、例えば、「森は海の恋人運動」との連動とその発展への貢献ができる。
3)地域の自然、風土を壊さず、その特徴を活かして求心力のある世界に発信できるエリアを構築できる。豊かで隠れた東北の文化資産や優れた文芸家を生み出した精神資産を基盤とした科学・文化都市やタウン・ビレッジの構築の中心となることができる。

 こんなお題目だけ言っていても具体性がないと意見にもなりもしないと思いますので、思いつくまま、具体的な考えを書いてみたいと思います。

 何故、1)のような観点が必要かと書いたのか、今回の震災が巨大になった要因は何と言っても津波であり、この津波はあらゆる人工物による防御は完全には出来ないという事実を思い知らされたことが、先ず、あります。この津波の被災を最低限に抑え、生活・産業基盤の壊滅を避けていくためには、南北沿岸ライン沿いの生活・産業基盤を南北沿岸内陸街道ライン沿いをメインとする構造に作り替えていくことが必要だと思います。また、南北沿岸ラインも従来の南北沿岸ラインはサブラインとしてこの南北沿岸内陸街道は一定以上の標高、少なくとも平均標高が50m以上にある地域を結ぶラインを通していくことが必要だと思います。この標高エリアに沿岸部のメインのタウン、生活・産業基盤のあるタウンを構築し、そのエリア同士を結ぶライン、おそらくつなぐ部分はトンネル構造に地形上なるとは思いますが、を構築し、そこから沿岸に近い域はサブの生活・産業地域として、例えば、漁業で言えば見張り小屋的な駐在拠点(生活拠点ではない漁期の間の滞在拠点)、また、ほとんどは養殖エリアとして活用する、といった業務エリアとすることによって、学校・病院・行政・産業は全てメインタウンにおくという設計も可能となると思います・メインタウンには、産業として、内陸養殖、エネルギーベース(海岸からはパイプで輸送)、水産加工場も置き、漁期でない時期でも生活設計が出来、いわゆる「オカ」に漁業者がいることにもモチベーションが生まれると思います。
 内陸養殖では、塩水処理の問題が生じるかと思いますが、塩水の使い方としては、例えば、パーセントを薄めた塩水でのトマト水耕栽培など九州地方で産業化している他産業への転用も可能ですので、十分対応は可能だろうと思いますし、養殖で結果として出てくる有機成分も多様な領域に転用可能かとも思います。これらの内陸養殖の大量の水の問題も、例えば、トンネルの破砕帯等の湧水の転用によって可能だと思いますので、トンネルインフラとの協調により、そのトンネル道路構造物の下部に養殖水路を作るということも考えられます。大量の重い水により路盤も安定するとも思われますし、緊急の際の放水等にも転用可能と思います(下部への防水はしっかりしとかないと戻り水による汚染が問題となってしまうとは思いますが)。この南北沿岸内陸街道ラインと活用・協調ができる産業提案、生活転換提案に貢献できる研究が求められると思うため、この観点をあげたところです。
 もう一つ考えたのは、平野部の津波防止との協調です。今回の仙台平野での津波被害は大変なものでした。平野は傾斜が少ないため底から持ちあがる津波は風による波と違いどんどん押し寄せ数kmまで内陸に侵入し家屋等を破壊し、人命を奪いました。内陸に侵入した津波は盛り土で高くなっている有料道路で止まっていました。このため、今後、数段の堤の構築が有効なのではないかと検討されているようです。この堤は相当の高さを要し、数十kmにわたるのではないかと思います。この堤の強度は相当程度強くする必要がありますが、単純な堤では存在そのものだけで平常時は生産的な存在ではありません。そこに研究としては何か考えられないだろうか、ということですが、例えば、今までは地下トンネルにしていた加速器を地上の堤の中に設置する、すなわち、数十kmにわたる堤を利用した直線加速器を作るというアイディアです。数十kmにわたる加速器ですので、仙台平野が国際的な一大科学拠点エリアになってしまいます。地上にあるのでメンテナンスの費用も比較的低くすることができますし、建設費はもともとの堤との一体ですから、協調により低く抑えることができます(トンネル工事もない分、地下構造物、浸水対策等の費用が浮きます。)。

 次に2)の観点です。地域を将来にわたって持続的に復興させていくためには、中央からの御仕着せ発想による復興は根付くとはとても思えません。一つ一つヒアリングしていきながら復興にかかる計画を作っていくことが理想的かも知れませんが、それでは時間がかかり過ぎます。理想に近づき、時間を限りなく短縮するためには、地域に根付いている、新しい発想による活動、運動、文化を基盤として活用していくことが肝心だと思います。「海の恋人運動」は元々は「牡蠣の森運動」から発展したものですが、とかく断絶しがちな内陸の生活・産業と沿岸の生活・産業とを一貫したストーリーで結びつけたとても素晴らしい活動です。このエリアの復興には、このスタイル(内陸と沿岸の一貫した結びつき)がとても重要だと思います。研究には、この結びつきをリードするテーマや活動を発見し、実践的に見せていただきたいと思います。これは、ある意味地道な活動になるかも知れませんが、長く根付くためには、この地道さはとても大事だと思います。

最後に、3)の観点です。これまでの日本の復興、明治維新、敗戦後の復興と自然と風土を壊し、全く連結性のない都市、風景、文化を作ってきてしまいましたが、今回の新しい復興は、自然、風土を活かし、それを更に一歩進める、そのこと自体をシンボルとする復興でなくては、再度同様な事態をまねくことが想像され、賛成できません。世界に発信されていない東北エリアの自然、風土を基盤とする21世紀の新しい都市、タウン、ビレッジ、エリアとして構築する復興でありたいと思います。再生エネルギーの実証エリアにするとか、エコロジーに徹した街づくり、といった構想がありますが、そういう単純なくくりではなく、エネルギーの再生、という観点からは、傾斜地の農業地帯という特色を活かし農業用水の水利を利用した小型揚水発電(水車の発想を活かせばよい)や暖房エネルギーの発電コジェネレータへの両用といった特色のある構築の仕方があると思います。エコロジーに徹した、ということであれば、大規模な送電・発電スタイルではなく、メッシュ型の需給スタイルをエネルギーに取り入れていく発想が必要だと思います。このような発想の提案と実施方策の実証に研究は貢献できる道があると思います。

 復興は長いではなく、永い道のりですが、継続的につきあいができるのは研究の特徴だと思いますので、復興と研究、短期的な取り組みに集中するのではなく、あせらずに、長期的なビジョンを先ず描き、そのビジョンにそくして、短期的手法、中期的方策及び長期的な方針を決め、決めたら即座に実施に移していくことが復興の木槌を地元の方に実感させるのに必要なことかと思います。

 復興に対する取り組みとともに、研究が将来に向けて行わなくてはならない事柄ですが、今回の震災の原因となった地震、津波の実態、それによる被災、被災への復旧等への対応、情報公開等の状況、支援の状況及び支援管理において生じた問題、といった様々な事象について、メディア、といっても報道メディアではなく、ITメディアとともに、きちんと整理と分析に総合的に取り組み、体系的にまとめ、国民に永久的な辞典のようなメディアコンテンツとして提供することです。この提供も単なる専門用語の固まりではなく、ビジュアル化、統計数値処理化を行った上で提供することが重要です。ここは是非ともITメディアに積極的にトライしていただきたい。このことは、研究とITメディアの将来の子孫に対する使命だということを強調しておきたい。





スポンサーサイト
[ 2011/06/10 21:28 ] 大震災復興と原発事故 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yoshi2479.blog94.fc2.com/tb.php/99-f76e035c